身体を追い込むということ
2017.07.17
カテゴリ:日常
身体を追い込むということ
身体を追い込むということ、嫌いではありません。アスリートの記憶が蘇るからでしょうか?(笑)
ここ半年以上、少し、あえて、身体を追い込むことにしています。そうして何が得られるのかというと、イメージをしてはボクサーが減量しているときのようなことです。
感覚が研ぎすまされ、違った世界を味わうことができるのです。
私の仕事でいえば、エネルギーワークの感覚が微細に味わえるようになったり、気づきが増えたり、身体を手放す感覚をより味わいやすくなります。
また、取り組みにより疲労感というものがほとんどありません。眠くなったりお腹が空いたり集中力が落ちたりすることはあっても(それを疲労というのかもしれませんが)、自分の感覚として疲れたというものがないのです。
身体で観じることが難しくなると、それ以外の部分で観じることが容易になるようです。身体も、エゴなのです。エゴが弱ると、人の本質が顔を出し始めます。
その世界が、私の探求している世界なのです。